怪我と内臓障害

 怪我をすると、皮膚や筋筋膜が障害を受ける。場合によっては出血を観ることもあろう。そしてその傷の度合いによっては完全に修復されず瘢痕化するかもしれない。瘢痕化した一部はトリガーポイント化して、後々、関連痛や関連症状を惹起し、その者を悩ませることになる。

 

 これは出血を伴わない打撲や捻挫などでも頻繁に起きる現象で、我々、臨床家の間では、過去において打撲、捻挫がなかったどうかを探り出すことが重要と考えられているが、流儀、流派を問わないはずである。


 実際、何十年か前に起きた怪我の影響で、こんにちの症状が起きていると疑われる症例をあげればキリがない。豊かな経験をお持ちの施術者なら同意して頂けるものと思う。


 さて、東洋医学には経絡という考え方があって、身体全体(上肢下肢も含む)に走行していると考えられている。それは神経でも血管でもなく、極めて原始的な細胞間伝達によって行われる情報伝達手段である(増永師)。そしてその名称は各臓腑の名前が当てられている。したがって、六臓六腑、つまり12経を主経絡とするわけだ(督脈、任脈、奇経は除く)。


 その伝達速度は血流速や神経伝達とは比較にならないくらい遅い。機序は異なるが、リンパ流速に近いかもしれない。単に循環が遅いだけなら、特筆すべき何ものもないのだが、それらの経絡は筋筋膜のみならず、その名称のごとく内臓と密接にリンクしているために、ジワリと内臓に影響を及ぼすことがある。

 

 例えば、20年前に起きた事故の為にむち打ちになったとしよう。むち打ちは筋筋膜の打撲・捻挫を伴うため、障害部位がトリガーポイント化し、20年たった今も酷いコリ、場合によっては痛み、そして頭痛に悩まされるかもしれない。(そういう人はたくさん見てきた)


 体系化されたトリガーポイントであるならば、またその運用方法が適切であるならば、その症状に的確に対応できるので、改善感を得さしめるのにさほど苦労はしないだろう。このように、トリガーポイントは優れた体系でもあり、即効性が最もあるとも言えるのだが、ここで経絡の存在を思い出して頂きたい。細胞間伝達ならば、瘢痕化したあるいはトリガーポイント化した組織において、伝達障害を起こすだろう。そしてその影響は極めてゆっくりと現れ、遂には内臓まで入っていくことになる。


 先のむち打ちを例にすれば、基本的に首の三焦経に大きな衝撃が加わる。また横からの追突ならば小腸経かもしれない。あるいは胃経、脾経なども胸鎖乳突筋を横切るように走行しているので、ここにダメージを受ける例もあろう。


 結果、胃腸の不調を伴い、まさかそれが、むち打ちの影響であるとは本人のみならず、医者も普通の施術者も気が付かない。
 さて、我々はそれに気づく。少なくとも施術家とか、治療家を標榜するならば気づかないといけない。しかし、気づいても何をやれば良いのか分からないという事態にもなるだろう。内臓にまで達した歪みを是正するにはどうすれば良いのか?施術業を長く続けていくと、必然的にここに至るのである。


答えは按腹である。


 日本古来より「はらとり」と呼ばれてきた按腹術の意義が最大限に発揮されるのと同時に経絡説と結びついたとき、クライアントの症状をより早く、本質的に改善させる手段となるわけだ。


 むち打ちは、そして古い打撲捻挫は腹を診ねば治らないのである。一旦入ってしまった内臓の歪み(機能障害)に手を着けねば、それが首肩の歪み、あるいはトリガーポイント活性化の供給源となって、いつまでも症状が続き、あるいはぶり返す。


 巷間、腸揉みと称される按腹術が流行っているようだが、それなりに効果があると聞く。腹揉み自体が古代日本人の知恵が凝縮された療法なので、当然といえば当然だが、真の按腹は述べてきたように想像を超えたところで治癒機序となるのである。ものが違うということをご承知置き願いたい。

 

 この度はむち打ちを例にしたが、このようなことは足首の捻挫でも、背筋の打撲でも起こり得る。さらに言えば、怪我などの問題ではなく、生活習慣からの内臓疲労、または過度なストレスによる交感緊張から内臓負荷に至ることもある。それが通常の肩こり体質と結びついたとき、難治性のコリ症となって、実に悩ましい日々を送ることになるわけだ。


 経絡説は内臓と筋筋膜、内臓と関節、それらを一体として扱っているところに古代中国人の知恵が凝縮されているといえよう。
 そして古代日本人が愛して止まなかった按腹は「腹は生の本なり」「百病の生ずるや腹に根ざす」と喝破した漢方の名医の見識を待つまでもなく、本能的に感じ取った感性の賜物であると言えるだろう。中国では滅んで伝わらず我が民族独特の癒やしの術として継承されてきた按腹が古代中国人の知恵たる経絡説と結びついたとき、いかなる威力を見せるのか?それは実践し続けてきた者でないと分からない境地ではある。

 

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