「目は口ほどにものを言う」という諺があるが、医学的な意味で眼球が変化して感情を伝えているわけではないのはご承知の通りである。主に眼輪筋や前頭筋などの表情筋が微妙に変化することによって、威嚇、怒り、悲しみ、恐れ、軽蔑などの感情のアヤを目で表現してみせているわけだ。

 

 その他にも口元や鼻筋の変化なども合わせると、たしかに言葉そのものよりも相手の意図を汲み取れることがあって、まさに「目は口ほどにものを言う」と実感できる。


 一昔前にKYという言葉が流行ったことがあった。「空気を読めない残念な人」みたいな意味合いだったと思うが、現在は死語となっており、平気で使うとKY扱いされるから、注意したほうが良い(笑)


 さて、大雑把に「空気が読めない」と一括りにされているが、中には他人の顔に浮かぶ微表情を理解できない(汲み取れない)タイプの人も含まれているように思う。例えば、その発言に対して明らかに不快な表情を見せているのに、それが分からずその発言を続けて、遂に地雷を踏んでしまうような人だ。(分かっててやる確信犯の人もいるが・・・)

 

 本来は顔の表情筋が発達した進化の過程で、その表情を読む能力も高まり、ほぼ普通人ならば読み取れはずのものだが、たまにそういうのに疎い人がいるのではないだろうか。様々な能力には個人差があるので、たまたま微表情を読み取る能力がなかったというだけで、もし自分がそうだとしてもガッカリする必要はない。

他に優れた能力を持っているはずだから・・・(多分)

 

 顔の表情で意思を伝えるというのは霊長類特有の能力である。犬やネコには表情筋が存在しない。もし存在したら、大変なことになると思う。たださえ、犬やネコを溺愛して、我が子のように接している愛犬家や愛猫家がいるというのに、その上、感情を表現できる表情能力を犬猫が得てしまったら・・・その溺愛ぶりはどれほどのものになるのか・・・・考えるだに恐ろしい。

 

 それはともかく、人間の顔には約30種類くらいの表情筋があって、骨と皮膚を繋いでいる(または皮膚と皮膚)。これが表情を作ることができる理由となるのである。なにせ筋肉を動かすと顔の皮膚が変化するわけだから。こうして人類は実に様々な表情を持つに至った。面白いことに、人種、民族、言語の違いを超えて、感情を表す表情は皆同じだという。人類学的にとても興味ある問題だが、キリがないし、専門知識も持ちあわせていないので、この問題はこれ以上言及しない。

 

 さて、その表情筋は皮膚に付着していると先に述べた。これは加齢ともに劣化していく割合が他の筋肉よりも高いということになる。皮膚というのは薄いものだし、ましてや顔は常に露出し、紫外線に晒されている。さらに表情筋そのものが薄い。そして下がりやすくシワになりやすい部位に付着しているわけだから、抗重力効果は期待できず、皮膚の下がるままに任せてしまう。所謂、“たるみ”であるが、加齢によるものなのであるから仕方がないと思う。


 しかし、不特定多数の他人に顔を見せる商売(例えば芸能人や政治家)は、老けた印象を人に与えたくないということで、人工的な処置を施すことが多い。つまり医療的な処置、つまり美容整形の門を叩くことになるわけだ。最初は、ボトックス注射によって表情筋を麻痺させる。これによってシワが消えるわけだが、さらに段階が進むと外科的な処置によって皮膚を切開し、その皮膚を目立たない処(例えば耳の後ろ)引っ張りあげて留める。リフトアップ処置である。さらに進むと、おでこなどにプラスチックや石膏を埋め込み、皮膚の表面積を増やし、シワを伸ばす・・・こうなるともはや、執念というか、それ自体が目的になってしまっているというか・・・理解に苦しみところではある。

 

以上のような処置を施せば、当然ながらシワは消えて、重力にも逆らえよう。ところが、顔の表情が豊かではなくなるという副作用付きだ。これで困るのは表情で商売する職種である。俳優などはその典型だろう-なんとも皮肉な矛盾だ。


 演技力の大半は表情に負う処であると思うのだが、その表情が機能しなくなるならばどんな名優でも大根役者に格下げだと思うが・・・それと明らかに不自然だ。写真ならいくらでも修正が利くが、動画は利きにくくい。実際、映画を観賞中、だれだ?この人?どっかみたことがあるような・・・でも不自然な顔してんなぁ、などと思って観ていたら、あっ!この人!○○だ!(往年のスター)と思い出したことは一度や二度ではない。(中学生の頃から愛読書は“スクリーン”or“ロードショー”だったので、昔の映画スターはよく知っているほうだと思う-スクリーンもロードショーも廃刊になったのは淋しい限りである)

 

 仕事柄、ある程度の外科処置的なアンチエイジングは仕方がないと思うが、やり過ぎはかえってマイナスでしかないし、年齢とともにその不自然さは際立ってくる。


 当然、一般人は顔にメスを入れたり、神経を麻痺させたりする必要などどこにもないと思う。
 しかし、顔のケアはすべきだろう。と、ここで私なんぞが述べるまでもなく、世の女性達の関心の的ではないかと思う。


 昔、母が還暦を超えていたとき、フェイシャルエステを受けていることを知って、びっくり!え?え?その歳で?と親子の気安さで思わず口に出してしまったことがあった。すると母は、失礼な!と一喝して、しばらく機嫌が直らなかったという苦い思い出がある。それ以降、女性の年齢と美容が絡んでくる問題には細心の注意を払うようになったことは言うまでもない。

 

 当流にフェイス・マニピュレーションという分野のどちらかというと美容的な整体法があるが、母へのオマージュでもあったのである。

 

 顔には30種類の筋肉があるわけだし、その全部を知る必要はないが、筋肉へのアプローチはむしろ整体の得意分野である。失礼極まりなかった息子の罪滅ぼしで良きものを作ろうと、意気込んで作り込んでいった。それから、何度か修正を加えて現在に至っているが、実践で使っている修得者は「クライアントには大変評判が良い」と喜んでもらっている。


 一貫して治療系を標榜してきた私が、唯一美容的な分野に講座セミナーを持っているのはそうして経緯からであった。失敗も失態もときとして、成功の“母”とは文字通り過ぎて笑えてしまうではないか。

 

 ところで自分の守備範囲の話になるが、顔だけの処置はよろしくないと思う。自然療法による顔のアンチエイジングは、全体の中で考えるべきであって、美容外科のように決して局部で考えてはいけない。


 東洋医学的にも「気」は上衝しやすい性質があるとして、のぼせやすい体質の人には、頭部と顔のみへの施術を禁じているし、西洋医学的にも血流、リンパ流の滞留が首・肩で起きていたなら、顔の施術など無意味であることは理の当然だ。(極めて短時間の効果しかない)

 

 よって、最低でも首、肩を緩めてからか、整体技術がないリフレクソロジストならば、先に足の施術をおこなって下部へ気を誘導してから、顔の施術に入ったほうが良いのである。


 コリ症でもなければ、のぼせやすい体質でもない人もいるので、絶対というわけではないが、なるべくなら顔の単独メニューは避けて、付帯メニューにしたほうが、少なくとも威力が増すと思う。


 いづれにしても、加齢によるシワやタルミは防ぎようがない。自然な形で歳相応に良い歳の取り方をしたいものである。


 放っておいてそうなるというものではないから、それなりに日頃からケアしておいたほうが良いだろう。関心がなくなって構わなくなる、というのが一番のトラブルの元になる。ケアを怠らなければ、見た目、少なくとも5~6歳は違ってくるのではないだろうか。

 

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