腸内フローラと按腹

 腸内フローラは難しい言葉でいうと「腸内細菌叢」とも言われるている。幾種類もの細菌が腸内にびっしりと住み分けしている様子をいう言葉である。まさにフローラ(お花畑)を連想させる美しい言い方だ。そして、この腸内細菌の分野は今、研究者の間ではかなりホットな分野であるそうな。一昔前なら考えられないような病態にまで腸内細菌が関係していることが分かりつつあって、世界中の優秀な研究者が参入してきているという。


 わずか数年前まで、腸内細菌は約百種、百兆個が腸内に存在していると言われていたものだ(実際、私もそう教えてきた)。ところが、最近、菌体成分からDNAを分析するという最新の技術を使うことができるようになった。結果、今まで培養出来なかった菌の存在も分かってきて、一番見積もりの多い研究者で5万種類、千兆個。控え目な数値を出す研究者でも2000種類以上はあって、総数はやはり千兆個と推計している。

 

 百兆個でも、人間の細胞の数(60兆個)をはるかに超えるということで、仰天したものだが、今はなんと千兆個!ここに至っては想像もできない数値である。まさに腸内は立錐の余地なく様々な菌が群生している、もはやフローラどころの騒ぎではない。


 腸内細菌のある種の菌の優勢度合いによってお腹の具合が決定されるのは当然として、糖尿病、肥満、血圧、アトピー、花粉症、果てはガンまでが起きてしまうという。だからこそ、研究者にとっては熱い分野なのだろうが、それにしても相当な可能性を秘めていることだけは間違いあるまい。腸内細菌叢の解明は西洋医学史上「抗生物質」「ワクチン」と並ぶ発見とも言われている。将来、この分野でノーベル賞受賞者が出るかも知れないではないか。

 

 さて、手技におけるお腹の扱いだが、これはもう機会があるごとに述べてきた。最初に公に述べたのは東洋医学専門誌「医道の日本」誌上で「腹診、腹証の意義」(2002年5月号)と題した小論であった。それ以降、HP、ブログなどで定期的にというか機会あるごとに書いてきたものだ。

 

 文献上、お腹に関する施術の最古のものは平安初期に書かれた「栄花物語」の中の記述で、「はらとり」の女と表現されている。なんの説明もなくこの表記が使われているわけだから、当時は説明の必要がないくらい認知されたものであったことが分かる。

 

 つまり、按摩と言えば腹を揉むのは当然のことで、これが治病に役立ってきたことはその後の「はらとり」の衰退とともに医療的側面が忘れ去られ、慰安に堕していく歴史を見ても明らかなのである。


 日本人の独特の感性が「はらとり」を創始し、按腹に結実していった。そして漢方における診断の要である腹診、腹証として完成を見たことは、日本人の誇りとしても良いのではないだろうか。


 触診としての腹押しは西洋医学にもあろうが、腹証としての按腹はその本質が異なる。証の決定、つまり方薬の選択に重大な影響を及ぼす。これは漢方の本家、中国にもないし、中国医学の影響を受けた周辺国にも見当たらない。このことが、漢方が日本化した象徴でもあったし、その最盛期は本家をも凌ぐ実力があったと言われている所以だろう。


 さて、その「はらとり」であるが、江戸中期の漢方家、大田普斎によって按腹図解が表わされ、以降、手技においては按腹(あんぷく)の呼び名が一般的になっていった。この按腹図解は明治以降、手技の医療的側面を追求する研究家に非常に大きな影響を与えている。例えば指圧名の創始者、玉井天碧氏(明治後期~昭和初期の手技法家)などは、その体系の中で最も腹部操作を重視したという(直接、接した増永静人師による証言なので間違いあるまい)。

 

 ところが現在に至るも一部の業者を除いて按腹に精通している術者は極端に少なく、手技法を慰安から医療へ回帰させるという先人たちの涙ぐましい努力が実っていないという状況である。


 しかし、最近の腸内細菌ブームからか、腹へのアプローチが見直されている傾向が見られ始めた。私のところへも、「腹への施術ウン十年の実績!貴方も習ってみませんか!」みたいな営業メールが送られてきて、(釈迦に説法する気か!)と甚だ気分がよろしくない。その歴史を含めた研究と臨床に割いた時間から言えば、按腹を私に語れる者はそう多くはないし、その説明の一文を読んだだけで、その術者の実力など手に取るように分かる。実際、市販されている腹揉みの本など気分が悪くなるほど低レベルである、などという怒りは身体によろしくないし、人間、謙虚を旨に生きていかねばと自らを諌めている昨今である(笑)

 

 ともあれ、腸内細菌への関心から腹そのものへの施術の関心が高まっているのは喜ばしいことである。数すくないマニアだけが恩恵を得るのではなく、広く一般の人が知れば、病気予防だけではなく、難病奇病への対策となり得る。おそらくは相当数の治療難民が救われよう。


 もとより、按腹が万能だというつもりはないが、施術家として守備範囲が広がることは間違いなく、それによって、施術する自信が出てくるだろう。下手な自信は災いを呼ぶが、正当な自信は人生を豊かなものにしてくれる。


 施術家とて一人の人間として人生を生きていくわけだから、豊かで実り多い人生を送ることに異論があるはずもなかろう。


 按腹はクライアントのみならず施術家自身をも救う日本人の知恵が凝縮された素晴らしい方法論だと思うのである。

 

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